【大分八幡宮】 (だいぶ八幡宮) 福岡県飯塚市大分1272
▼大分八幡宮の朱色の透塀
![]()
奈良時代の神亀3年(726年)に創建された。
大分八幡宮は神功皇后ゆかりの社で、
この地は神功皇后が三韓征伐から帰国され粕屋の宇美八幡宮で応神天皇をご出産後、京にご帰還の途中、軍隊を引率してしばらく逗留された所であるという。
途中にある険しい峠の「ショウケ越え」は竹で編んだザルすなわち「ショウケ」に生まれて間もない応神天皇を入れてこの峠を越えたことから名づけられたという。
境内には宇美八幡宮で生まれた応神天皇が、ここで産湯を使ったと伝えられている「応神天皇産湯の井戸」がある。
また「大分」(だいぶ)の地名は此処で軍隊を解散したこと、つまり「大分かれ」から「大分」になったとされている。
『筥崎宮縁起』(石清水八幡宮記録)によれば、平安時代の延喜21年(921年)箱崎浜(現福岡市東区箱崎)への遷座の託宣があって、延長元年(923年)に遷座したのが筥崎宮の始まりであるとし、宇佐神宮の託宣集である『八幡宇佐宮託宣集』にも筥崎宮の神託を引いて、「我か宇佐宮より穂浪大分宮は我本宮なり」とあるが、筥崎宮へ遷座した後も九州五所別宮の第一社として篤く信仰されていた。
創建当時の社殿は現在地より後方の丘陵上にあったが、戦国時代に戦乱のため焼失。
天正5年(1577年)に秋月種実が現在地に再建した。
■御祭神■
応神天皇、神功皇后、玉依姫命
▼大分八幡宮由緒記
![]()
【大分八幡宮・由緒記】
当宮は、神功皇后御征韓後粕屋の宇美邑にて応神天皇御出産遊ばされ、
翌年の春、京にお上りの際軍隊を引率され粕屋、嘉穂の郡境にある験しい山「ショウケ越え」を経られ、当宮に至り坐して暫しお止りになり筑紫の行政をお執り遊ばされ、此地にて軍隊を解隊せられし由縁の地なり。
宇佐宮託宣集に我宇佐宮より穂浪郡大分宮は我本宮なりとあり。本邦五所別宮第一に列せられ朝廷の尊崇 篤く、筥崎宮の元宮として由緒正しく、第四十五代聖武天皇神亀3年(726)御神託によって創建せられ、応仁天正の九州動乱にて御社殿は兵火に罹り焼失し後天正5年(1577)秋月種実公勅命に依り現在地に仮殿を建立、御神霊を勧請鎮座せられたる御社殿がその侭今日に至る。
神殿裏山の小高い丘状の盛土は、全国でも珍しい皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」として考古学者の学問的期待をかけている聖地であり、往古旧社殿は小高い丘の前にありて跡地に礎石のみ残れり。
◆◆鳥居と参道
![]()
▼一の鳥居
![]()
▼一の鳥居の「大分宮」の扁額と注連縄
![]()
▼社号標 「九邦五所別宮第一大分宮」
![]()
▼倒立の阿形の狛犬
![]()
▼起立の吽形の狛犬
![]()
▼二の鳥居
![]()
◆◇◆広い境内の風景
神門の前の広い境内には、県天然記念物指定の御神木の大楠や放生池、そして「応神天皇産湯の井戸」などがある。
![]()
▼放生池と鴨
![]()
▼三の鳥居と社叢
![]()
◆◆御神木の大楠
推定樹齢:約350年、胴周り径:約9m 県天然記念物指定
社伝によると神功皇后が朝鮮半島から持ち帰った木の子孫らしい。
▼御神木の大楠①
![]()
▼御神木の大楠②
![]()
▼御神木の大楠③
![]()
▼御神木の大楠④
![]()
◆◆「応神天皇産湯の井戸」
宇美八幡宮で生まれた応神天皇が、ここで産湯を使ったと伝えられている。
![]()
![]()
▼三の鳥居と参道
![]()
▼阿形の狛犬
![]()
▼吽形の狛犬
![]()
▼神馬
![]()
▼手水舎
![]()
▼注連柱と参道
![]()
▼神門の前の水路①
![]()
▼神門の前の水路②
![]()
◆◆大分八幡宮・神門
![]()
▼神門(表)
![]()
▼神門表側の仁王像① 阿形
![]()
▼神門表側の仁王像② 吽形
![]()
▼神門裏側の随神像① 阿形
![]()
▼神門裏側の随神像② 吽形
![]()
▼神門(裏)
![]()
◆◇◆大分八幡宮・拝殿
■御祭神■
応神天皇、神功皇后、玉依姫命
▼大分八幡宮・拝殿①
![]()
▼大分八幡宮・拝殿②
![]()
▼大分八幡宮・拝殿③
![]()
▼「大分宮」の神額
![]()
▼大分八幡宮・拝殿内部①
![]()
▼大分八幡宮・拝殿内部②
![]()
▼大分八幡宮・拝殿内部③
![]()
大分八幡宮の神紋は、香椎宮、筥崎宮、宇佐神宮、住吉神社(福岡)、綱分八幡宮、志賀島神社、志式神社と同じ「左三つ巴」
![]()
「右三つ巴」は、忌宮神社と宇美八幡宮と綿津見神社と織幡神社
![]()
◆◇◆大分八幡宮・御本殿
▼大分八幡宮・御本殿①
![]()
▼大分八幡宮・御本殿②
![]()
▼大分八幡宮・御本殿③
![]()
◆◆裏山の旧社殿と小高い丘の皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」
応仁天正の九州動乱で旧社殿は兵火に罹り焼失したが鳥居だけは残っている。
▼旧社殿の鳥居
![]()
▼旧社殿の鳥居の「大神宮」の扁額
![]()
◆皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」
![]()
![]()
![]()
▼裏山の小高い丘から眺めた社殿
![]()
![]()
![]()
![]()
▼大分八幡宮の梅の花
![]()
![]()
▼大分八幡宮の朱色の透塀

奈良時代の神亀3年(726年)に創建された。
大分八幡宮は神功皇后ゆかりの社で、
この地は神功皇后が三韓征伐から帰国され粕屋の宇美八幡宮で応神天皇をご出産後、京にご帰還の途中、軍隊を引率してしばらく逗留された所であるという。
途中にある険しい峠の「ショウケ越え」は竹で編んだザルすなわち「ショウケ」に生まれて間もない応神天皇を入れてこの峠を越えたことから名づけられたという。
境内には宇美八幡宮で生まれた応神天皇が、ここで産湯を使ったと伝えられている「応神天皇産湯の井戸」がある。
また「大分」(だいぶ)の地名は此処で軍隊を解散したこと、つまり「大分かれ」から「大分」になったとされている。
『筥崎宮縁起』(石清水八幡宮記録)によれば、平安時代の延喜21年(921年)箱崎浜(現福岡市東区箱崎)への遷座の託宣があって、延長元年(923年)に遷座したのが筥崎宮の始まりであるとし、宇佐神宮の託宣集である『八幡宇佐宮託宣集』にも筥崎宮の神託を引いて、「我か宇佐宮より穂浪大分宮は我本宮なり」とあるが、筥崎宮へ遷座した後も九州五所別宮の第一社として篤く信仰されていた。
創建当時の社殿は現在地より後方の丘陵上にあったが、戦国時代に戦乱のため焼失。
天正5年(1577年)に秋月種実が現在地に再建した。
■御祭神■
応神天皇、神功皇后、玉依姫命
▼大分八幡宮由緒記

【大分八幡宮・由緒記】
当宮は、神功皇后御征韓後粕屋の宇美邑にて応神天皇御出産遊ばされ、
翌年の春、京にお上りの際軍隊を引率され粕屋、嘉穂の郡境にある験しい山「ショウケ越え」を経られ、当宮に至り坐して暫しお止りになり筑紫の行政をお執り遊ばされ、此地にて軍隊を解隊せられし由縁の地なり。
宇佐宮託宣集に我宇佐宮より穂浪郡大分宮は我本宮なりとあり。本邦五所別宮第一に列せられ朝廷の尊崇 篤く、筥崎宮の元宮として由緒正しく、第四十五代聖武天皇神亀3年(726)御神託によって創建せられ、応仁天正の九州動乱にて御社殿は兵火に罹り焼失し後天正5年(1577)秋月種実公勅命に依り現在地に仮殿を建立、御神霊を勧請鎮座せられたる御社殿がその侭今日に至る。
神殿裏山の小高い丘状の盛土は、全国でも珍しい皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」として考古学者の学問的期待をかけている聖地であり、往古旧社殿は小高い丘の前にありて跡地に礎石のみ残れり。
◆◆鳥居と参道

▼一の鳥居

▼一の鳥居の「大分宮」の扁額と注連縄

▼社号標 「九邦五所別宮第一大分宮」

▼倒立の阿形の狛犬

▼起立の吽形の狛犬

▼二の鳥居

◆◇◆広い境内の風景
神門の前の広い境内には、県天然記念物指定の御神木の大楠や放生池、そして「応神天皇産湯の井戸」などがある。

▼放生池と鴨

▼三の鳥居と社叢

◆◆御神木の大楠
推定樹齢:約350年、胴周り径:約9m 県天然記念物指定
社伝によると神功皇后が朝鮮半島から持ち帰った木の子孫らしい。
▼御神木の大楠①

▼御神木の大楠②

▼御神木の大楠③

▼御神木の大楠④

◆◆「応神天皇産湯の井戸」
宇美八幡宮で生まれた応神天皇が、ここで産湯を使ったと伝えられている。


▼三の鳥居と参道

▼阿形の狛犬

▼吽形の狛犬

▼神馬

▼手水舎

▼注連柱と参道

▼神門の前の水路①

▼神門の前の水路②

◆◆大分八幡宮・神門

▼神門(表)

▼神門表側の仁王像① 阿形

▼神門表側の仁王像② 吽形

▼神門裏側の随神像① 阿形

▼神門裏側の随神像② 吽形

▼神門(裏)

◆◇◆大分八幡宮・拝殿
■御祭神■
応神天皇、神功皇后、玉依姫命
▼大分八幡宮・拝殿①

▼大分八幡宮・拝殿②

▼大分八幡宮・拝殿③

▼「大分宮」の神額

▼大分八幡宮・拝殿内部①

▼大分八幡宮・拝殿内部②

▼大分八幡宮・拝殿内部③

大分八幡宮の神紋は、香椎宮、筥崎宮、宇佐神宮、住吉神社(福岡)、綱分八幡宮、志賀島神社、志式神社と同じ「左三つ巴」

「右三つ巴」は、忌宮神社と宇美八幡宮と綿津見神社と織幡神社

◆◇◆大分八幡宮・御本殿
▼大分八幡宮・御本殿①

▼大分八幡宮・御本殿②

▼大分八幡宮・御本殿③

◆◆裏山の旧社殿と小高い丘の皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」
応仁天正の九州動乱で旧社殿は兵火に罹り焼失したが鳥居だけは残っている。
▼旧社殿の鳥居

▼旧社殿の鳥居の「大神宮」の扁額

◆皇室古墳埋蔵推定地「仲哀天皇御陵」



▼裏山の小高い丘から眺めた社殿




▼大分八幡宮の梅の花

